5.指使いのいろいろ 一指法と二指法

 そろばんで珠をはじく時の指の使い方を「指使い」という。厳密に言うと二つあり、指の使い方を「運手(うんしゅ)」、珠の動かし方を「運珠(うんじゅ)」という。
この「指使い」、誰もが自分の方法が正しく、皆同じはじき方をしていると思っているようだ。私自身そうだった。しかし、現実は人によってばらばら。最初に教わったとおりの方法をずっと変えない人もいれば、一番やりやすい独自の方法ではじいている人もいる。だとすれば、異なった指使いをしている人が我流で、悪い癖がついているように思いがちだが、そうでもない。実は教えている先生によってもばらばらで、決まっているようで決まっていないのだ。もちろん基本となる指使いはあるのだが、それぞれの教室の先生が「その先生のやり方で教えている」というのが現状だ。
自分より上手な人の指使いが、自分と違うと、「私は間違っていたんだ」と思う人も多いがそうでもない。
そして、指使いの話をすると皆最後にこういう。
結局、どれが正しいの?

では、具体的にどのような指使いがあるのだろうか。まず、最も基本的な一珠を上げる指使いを考えてみよう。何もないところに1から4までの数を入れる指使いがこれにあたる。
もしあなたがそろばんの経験者だったら、0に1を入れるとき、どのように指を使うだろうか。親指を使って一珠を一つ上げたとすれば、それが最も一般的なやり方だ。
そんなこと当たり前だと思うかもしれないが、そうでもない。何の指導もなく初めてそろばんに触れた場合、人差し指を使って「ピンッ」とおはじきをはじくように入れる人も多い。親指を使うように教わったことがある人なら、これは間違ったはじき方だと指摘するだろう。実際、私の教室でもこのようにはじく子がいたなら「それはだめです。親指を使って一珠を一つあげなさい」と指導している。
けれど、これは間違いで、駄目なことなのだろうか? 
実は江戸時代は、そのはじき方が一般的だった。「一指法」と呼ばれるもので、読んで字のごとく一つの指を使ってはじく方法だ。この「一指法」、すべての珠を一本の指ではじき計算するわけである。とすると、一珠を人差し指で「ピンッ」とはじく方法は、「一指法」のはじき方をしたまでで、決して間違っているわけではない。
では生徒がこのはじき方をすると、何故、注意するのだろうか。それは親指と人差し指の二本の指を使ってはじく、「二指法」と呼ばれるはじき方が現在の珠算界では一般的だからである。江戸時代では「一指法」が主流だったが、明治以降は「二指法」が主流となった。それは、二指法は一指法に比べて圧倒的にはじくスピードが速いからだ。はじくスピードが速くなれば、おのずと計算も速くなる。
現在の珠算は級位、段位によって上達レベルが表される。子どもたちも、より上位の級や段を目標とし日々練習を重ねている。この級制度はどれだけ速く正確に計算できるかを基準にしている。速く正確に計算できてこそ、より上位の級を取得できる。どれだけ正確にできても、時間以内に必要な点数を取れなければ合格ができない。一度、身についた指使いはなかなかなおらない。はじめが肝心だ。それゆえ、指導者は「二指法」を指導することとなる。結果として人差し指で一珠をあげると「だめ」になるわけだ。
もし、人差し指を使って一珠を上げる子がいたならば、「それは、一指法の指使いで、現在、一般な二指法の指使いではありません。現在の級制度では二指法のほうが圧倒的に有利なため、親指ではじくようにしなさい」と指導するほうが正しいかもしれない。しかし、小学校の低学年が大半の生徒たちに、このように説明したとしても「先生何言っているの? 意味不明!」と言われるのがオチのように思えてならない。